なぜ新潟の藩主の墓が丹波篠山に…今も住民らが命日に法要 真相は?

「丹波篠山ファン」をご訪問頂き、誠にありがとうございます! どうも、ちゃーちゃんです。今回もディープ情報です…。

 丹波篠山市の篠山城から少し北のエリアに黒岡という地区があります。城下町に近いながらも田園風景が広がり、昔ながらのよき山里の雰囲気を色濃く残しています(^^)/

 そんな黒岡の田園地帯に、ポツンとたたずむお社が一つ。なんとここに祭られているのは地蔵ではありません。現在の新潟にかつてあった越後国村上藩の2代藩主・村上忠勝公なのです!

 しかも神社ではなく、廟所なので、いわゆるお墓。。。なぜ、新潟にあった藩の藩主の墓が丹波篠山にあるのかというと…(*ノωノ)

 時は慶長15年(1609)。天下分け目の決戦とも言われた関ヶ原の合戦に勝利した徳川家康が、大阪にいる豊臣方を監視するために篠山城を造ります。その翌年、忠勝が2代藩主になりました。

 ところが、その約10年後、忠勝は藩のごたごたを収められなかったという理由で藩主を首にされた挙句、丹波篠山へ流されてしまったのです。徳川幕府、ひどい…。

 これは忠勝が豊臣家に近いとされたことや、藩内にあった金山が狙われたとも言われているそうです。忠勝は篠山城で生活し、25歳の若さで亡くなったそう。そして、黒岡に埋葬されたのです。

 実はこの忠勝、家臣とともに村人に読み書きなどを教えていたと伝わり、地元の人からは、「学問の神」としても崇められています。 なんと地元の自治会は今も命日の法要を営んでいて、昨年は400回忌を迎えたとのこと。義理に厚い丹波篠山人の人柄がうかがえます まさに流転の生涯を生きた村上忠勝。機会がございましたら、ぜひ手を合わせに行ってください(T_T)


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